札幌高等裁判所 昭和57年(ラ)23号 決定 1982年6月18日
抗告人 安田容昌
代理人弁護士 林裕司
札幌地方裁判所昭和五六年(ケ)第九五号不動産競売事件について、同裁判所が昭和五七年四月二八日に言渡した売却不許可決定に対し、抗告人から適法な執行抗告の申立があったので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、抗告人の別紙物件目録記載の不動産を目的とする最高価買受の申出につき、売却を許可する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。
二、よって案ずるに、
(1)本件不動産競売事件(民事執行法施行後の申立にかかるもの。)において、一括売却に付された別紙物件目録記載の不動産(本件不動産という。)の買受申出の保証の額は最低売却価額三六五六万円の約二割にあたる七三二万円と定められ、その旨公告されていたが、執行官が入札期日に買受希望者に対して入札書用紙とともに配布した保証金提出袋には注意事項として、「保証金は、入札価額の二割以上の現金に限ります。」との記載がなされていたこと、そのため買受希望者たる有限会社協立不動産の代表者浅沼欽吾は、それまでは前記公告により保証の額は七三二万円と考えていたが、保証金提出袋の前記記載により、買受申出には入札価額の二割に相当する保証の提出を要する(すなわち、保証の額の五倍を超える金額で入札することはできない。)との誤信に陥ったことから、当初予定していた入札価額を切り下げて、所持金七四〇万円の五倍にあたる三七〇〇万円の金額で入札したところ、最高価買受申出人となることができなかったことは、いずれも原決定に認定されているとおり、上記判断は、一件記録により肯認することができる。
(2)ところで一件記録によれば、前記会社代表者は、入札期日に遅れて出頭したため、執行官が入札期日開始前に、入札手続を説明する録音テープによって、提出すべき保証の額が原則として最低売却価額の二割であることを入札室や待合室等で放送していたのに、これを聴く機会を失したこと、また前記会社代表者は、一旦は前記公告により保証の額が七三二万円と考えていたのに、これと異なる趣旨の保証金提出袋の前記記載について、入札を実施する執行官や秩序維持等のため臨場していた書記官にその正誤を質すことなく、前記公告による保証の額はその最低額を示したものと速断したため、前記誤信に陥ったものであることがそれぞれ認められ、これらの事情からみて前記会社代表者に落度のあったことは否めないが、しかし不動産競売における入札手続は、必ずしもその買受希望者が手続に精通していることを前提としてなされるものではなく、執行官が入札手続の一環として買受希望者に配布した保証金提出袋に注意事項として前記のような誤った記載があれば、その内容が客観的に公告されたところと異なる趣旨のものではあっても、少なくとも入札手続に十分通じていない者が、前記の誤った記載を信じて入札価額を定めて買受の申出をなすことは当然予期しうべきことであり、前記会社代表者に前記の落度があったことを考慮しても、その入札手続には、入札の公正を害する重大な誤りがあったものというべきである。
三、以上によれば、本件不動産を目的とする抗告人の最高価買受の申出につき、売却を不許可とした原決定は相当であり、本件執行抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奈良次郎 裁判官 渋川満 藤井一男)
<以下省略>